ため息月之介の部屋(コラム)#01

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オリンピック・・・ですか?!

2013-09-11

オリンピック・・・ですか?!







Facebookの友達の記事に対して書いたコメントを、現在の自分自身の備忘録としてここに記録しておく。

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3.11直後、日本に(世界に)どんな気分が生まれたのかを皆さんもう一度思い出して下さい。


命の大切さはカネ・経済よりも重たい。そんな当たり前のことを忘れていた(気づこうとしてこなかった)。意識を変えよう。世の中の有り様を皆でもう一度考え直そう。そんな事だったんじゃないかと思います。


そんな気分の中でペットの救済、瓦礫処理のボランティアetc.様々な実践が日の目を見る事になりました。脱・反原発もその中のひとつです。
それら様々な実践は、実は3.11以前にもあったのですが多くの人達は知らなかった。でも、3.11によってそれらは日の目を見る事となり自ら参加する人が急増した・・・と。
辛い事だけれど、それによって何かが生まれる、何かが変わる、そんな期待感を持つ事は素晴らしい事だし、しかるべきエネルギーとなって欲しいと切に思いました。


さてと、そういう全体の気分を、権力を握っている人達は恐れるとともに当然ながら利用しようともします。残念ながら社会的構造は震災前と何も変わっていませんから、この一体感を右傾化に利用しようという勢力も当然ながらアピールを強めます。
また、変革を恐れる権力集団からは、「脱・反原発運動はごく少数の変わり者によるもの」「原発に依存して来た市民達はたいそう困っている」といった類いのアナウンスが流されます。「もっと楽しい事があるじゃないか!」「ネガティブな事ばかり考えないで元気になろうよ!」・・・これは明らかに敵対する勢力の分断を狙った「まっとう」な戦略です。
そして、マスコミをも牛耳るその権力集団に、残念ながら今の多くの日本人は抗う術も力も持ちません。


そうなんです。結局何も変われないまま多くの日本人が「あの時の気分」を忘れ、2020年「東京」オリンピックに向けて臭いものに蓋をして、目先のカネを追いながら、かつてと同じように生活に追われ社会に埋没していくのでしょう。「格差は開くばかり」「賃金は上がらない」など利いた風な文句ばかり言いつつも奴らの思惑通りに踊らされて・・・


たとえ逆の立場から論じたとしても、すべてはリンクしているんです。


その上で、もう一度言います。


3.11直後、日本に(世界に)どんな気分が生まれたのかを皆さんもう一度思い出して下さい。


私は2020年「東京」オリンピックには断固反対します。

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以下、この日記の追記として・・・・


「震災の復興」と「原発事故の処理」を混同するべからず。
五輪開催による「東京と地方」の格差の更なる広がり、即ち復興の遅れ。

Rock'n'Roll

2013-02-08

Rock'n'Roll






「中核派の秘密アジトに潜伏か 40年逃亡の大坂容疑者」


このニュースで思い出したこと・・・




'71年11月14日、僕たちは渋谷で機動隊の壁と対峙していた。
表情のない顔でジュラルミンの盾をガツッガツッと地面に打ち付けながら迫ってくる奴らの威圧感。
爪先にでも当たれば骨が砕けるであろうその盾の恐怖に、僕たちはジリジリと後退りするしかなかった。
どこから飛んで来るか分からない催涙弾と催涙ガスの恐怖を初めて味わったのも、この時だ。


結局宮下公園に追い込まれ、敗北感を味わいながら1人高校の寮へ帰り着いたのは深夜遅く。
そこで僕を待ち受けていたのは門限破り=1週間の皿洗いの刑だった。
もちろんあの日、あの現場で警官が重傷を負っていたこと(翌日死亡)など、その時には知る由もなかったが。




そしてその10数年後、この時の体験を基に Rock'n'Roll という曲を書いた。




それはともかく、あの時のデモは「沖縄返還協定批准阻止」が目的だった。
そして、結果的に批准されてしまったことで沖縄に基地が残ることとなった。
歪なかたちでしか実現しなかった沖縄返還。
もしあの時の抗議運動で僕たち側が勝利していたら、今のオスプレイを始めとする様々な基地問題など起きていなかったのではないか?




40年以上も前に関わった出来事が、今という時代に連なっている。
僕は中核派に属していた訳ではないが、あのジュラルミンの盾に守られた国家権力に対する嫌悪感は今でも決して消えることはない。






*容疑自体が目撃証言のみに基づいているので「でっち上げ」という見方は、今もある。


Phooh!!

熱から冷めて・・

2012-09-30

熱から冷めて・・






10月3日のライブに向けた明日のリハに備えて、ただ今選曲中。
本腰入れてバンド活動を始めようと決意した頃(もう何年経つのだろう?)弾き語りでマローネや稲生座で歌っていた曲たちがドンドン頭に浮かんでは消えるのだが、さてさてどうしたものか。


とかなんとか言いつつ、もう5曲譜面を書いてしまった。




妙な自己分析だが、Love Notesの川島君と再会したことが遠回しだけど大きな刺激になっているのかも知れない。


今日、藤沢への往復で読んだ大江健三郎も動機付けのひとつか。
小説家である彼自身を自ら分析している本。
そんなのに比べたら僕のやってることなんて屁みたいな「なんちゃって」の極みなのだが、それでも大いに勇気づけられたと言うか、背中を押されたと言うか・・・


こういう事って不思議と何年かに一度、僕の脳みそを訪れる。
そして、それに乗っかって後悔したことは一度もない。
だから今回も、この流れに乗っかって3日間を突っ走ることとしよう。




あれ?
もしや気圧のせい?
台風17号と大潮の影響?


いやいや・・・
そういえば先週の前半、めずらしく38〜39°の熱を出したのだった。
3日間は使い物にならなかった。
実はあの時、脳みその中で何か化学変化が起きたのかもしれない。
だとしたら、高熱も捨てたもんじゃないのかな。
家族には大迷惑だけど。




さてと、あと5曲くらい譜面をカキコキするか・・・・


Phooh!!

母の死

2012-08-02

母の死






母が亡くなった。
7月24日午前8時20分、85歳になって12日目のことだった。


最後の8ヶ月は介護老人ホームにお世話になっていたが、この上ない環境の下、死の前日までいつもと変わらぬ笑顔で過ごしていたという。
昨年春に胃癌で余命6ヶ月と宣告されたにも拘らずの1年と3ヶ月、苦しむことも昏睡状態に陥ることもなく最期まで生を全うしたのだから、これは幸せな人生の幕引きだったと言っていい・・・と思う。
本当に眠るような、穏やかな死に顔だった。


母の関係者がこのコラムを読むことはまずないと思うが、一言、生前のご厚情に心より感謝を申し上げておく。


本当にありがとうございました。




そして・・・
あれから1週間以上たった今も、諸々の法的な手続きは終わらない。
ひとつの命にこれ程多くの形式的なしがらみが絡み付いているとは思いもしなかった。
母との思い出に浸っている余裕など少しもない。
まあ、その方が良いのかもしれないが。




それにしても喪主というものは、気を使う務めだ。
死の翌日に「前夜式」、翌々日「葬送式」と慌ただしかったこともあり、教会や葬儀店の方におんぶに抱っこでなんとか乗り切れたとはいえ、お会いしたこともない参列者や記憶の彼方にある親族などを前に失礼のないように振る舞おうとすることだけで、ほとんどの神経を使い果たしてしまったというのが本当のところだ。
それに比べれば喪主挨拶など、実は大したことではなかった。




・・・最初に葬儀店の方と打ち合わせした時の会話が蘇る。


「何せ喪主など初めてのことなので・・・」
「ああ、喪主様というのはたいてい初めての方なんですよ」


そりゃそうか!


今も部屋の片隅で、母の遺影が笑っている・・・


Phooh!!

ブルーグラスと原発問題

2012-07-16

ブルーグラスと原発問題






日本のブルーグラス界に足を突っ込んでもう40年近く経つけれど、その中で僕は一度も社会的なメッセージを聞いたことがなかった。
最近ではディキシー・チックスの表現がアメリカの保守層にとことんバッシングされても、それは「ブルーグラスという音楽にとってはさして重要な問題ではない」かのごとくのスタンスだった。
或は「そういう社会的な問題はブルーグラスには馴染まない」という認識が誰彼の中にあったのかもしれない。


60~70年代の初頭にかけて、アメリカでは(両海岸限定かもしれないが)あからさまに反戦を歌うブルーグラスが一世を風靡していたはずなのに、そしてそれがカッコいいとコピーしまくる日本人が大勢いたはずなのに、日本では社会的なメッセージはオミットされ音楽的なテイストだけがもてはやされていたように思う。


でも、いまFBで聞こえてくるブルーグラス仲間の声は明らかに反・脱原発だ。
明らかに、個人として社会的メッセージを発信している。
じゃ、何故その思いをライフ・ワークとしているブルーグラスと結びつけないのか?
音楽を通して社会と繋がった時、初めてブルーグラスも世の中に音楽として認められるんじゃないだろうか?
アカデミックに音楽を追究するだけの「ぶるーぐらす村」は、そろそろ卒業しませんか?


例えば毎週金曜日の夜、官邸前でジャムを繰り広げるとか・・・
英語でたわいもないラブソングを歌うだけでいいじゃないか!
そんなことが自然発生的に勃発するようになれば、僕はもっと日本のブルーグラスを好きになる、きっと・・・




もちろん逆の意見をブルーグラスに反映させて表現するのもありですね。
民主主義ですから・・・・


Phooh!

電車で化粧

2012-06-07

電車で化粧



最近いいオバハンが電車で化粧をしている。


まあいい年をして・・・と不愉快きまわりないのだけれど、「電車で化粧」はルーズソックスだのガングロだのと世間を騒がせていた頃の女子高生が始めた事かな?


だとすれば、あの頃の女子高生がオバハンになってても不思議はないか。
でも、その恥知らずが大きな顔をして「子の親」になっているのだから恐ろしい。


なんで奴らの非常識を誰も撲滅しなかったんだろう、あの頃・・・


子を育てる身になって初めて感じる後悔。


Phooh...

この歳になって・・・

2010-07-02

この歳になって・・・






スティーリー・ダンなんぞをコピーするハメになろうとは!!


ここ1年余りセンチメンタル・シティ・ロマンス細井豊氏のソロ・ライブをお手伝いさせていただいているのだが、毎回「昔から一度やってみたかった曲をやる!」というコンセプトのもと、ラヴィン・スプーンフル、ランディ・ニューマン、ビーチ・ボーイズ、イエス、はちみつぱい、あがた森魚・・・とコーラスやSEまで含めて節操なくカバーしまくってきた。


そして今回の新曲6曲の中に、遂にS.Danの2曲が登場したというわけだ。


もちろんこの手の音楽は一般教養として当然のように聞いてはいたが、いやはやコピーしてみて驚いた!
コードを取るのに何時間かかったか・・・
しかも手癖だけではどうしても弾けない・・・
おっと、ギター・ソロは泣く子も黙るJ・グレイドン・・・
えっ?コーラスしながら弾くんですか?!


とにかく出来るようにするしかないので、寝る間も惜しんでFコードの練習に明け暮れた遠い昔の自分を思い出しながら、
「なんでここに指が行かないんだ?」
「どうやったら5弦をミュートできる?」
「どのポジションで弾いてる?」
「あっ、手がつりそう!!」
と、まあ久しぶりにギターと真摯に格闘したわけだ。
そういえば佐藤博さんのライブに参加した時もこんな感じだったな。


ところが肝心のライブ2日前になってアクシデントが・・・
慣れないことをするものじゃない。
左手中指の爪の隙間が針を刺したように痛むのだ。
チョーキングなどしようものなら爪と肉が離れてしまうのではないかという程の激痛が走る。
このままではライブでギターが弾けなくなってしまう・・・


仕方がないので本番までは中指を封印して、他の3本で出来るだけのことをするという練習方法に切り替えた。
当然のことながら、これがまたキツい・・・




そんなこんなで臨んだ昨日のライブ。
リハで封印を解かれた中指は見事に復活。
あれ、結構いけるじゃん!
右手ともシンクロするし、思ったところに指がいくじゃん!
弾きながらコーラスも出来るようになってるじゃん!


さてさて本番の出来映えはどうだったのか・・・
それはナイショ。




それにしても、2日間の断酒の後のビールは最高でした!!


Phooh!!

ライブまでの道程

2010-04-07

ライブまでの道程






およそ3ヶ月前のある日、近所の小さな喫茶店でそのヴァイオリニストと出会った。
バーズやミュール・スキナーをこよなく愛する店主の影響を受けフィドル・ミュージックに興味を持ち始めたばかりの、弱冠25歳の若者だ。
見よう見まねでオレンジ・ブロッサムを弾いてはいたが、それはただフレーズをなぞるだけで、正直とてもフィドルとは言いがたいものであった。


その数日後、近隣の小さなライブ・ハウスから弾き語りの仕事を持ちかけられた。
ムーニーさんのライブを聴きに行き乱入したのがきっかけだったが、地元で仕事などしたことがなかった僕には正に青天の霹靂。
そこでひらめいたのが、そのヴァイオリニストとのコラボレーションだ。


しかし、一応プロと名乗ってはいるものの1度も本職のプレイを聴いたことがない。
それでも、絶対に何とかなるという確信のようなものはあった。
隠しようもない外へ開かれた探究心と天真爛漫な実直さを感じることができたからだ。


そこでまず対バンを決め、スケジュールを合わせてブッキングを成立させたまではいいが、レパートリーを10数曲ピックアップして過去のライブ音源を郵送した時には、すでに出会ってからひと月以上の時間が過ぎていた。
そしてその10日ほど後のある日、最初に出会った喫茶店でようやく初めて音を合わせることになる。


本番まで、あと39日・・・




予想していた通りとてもよく予習をしてきてくれていて、曲のニュアンスなどはしっかり把握できている。
ただ、どうしてもコード進行に合わせて自分で歌ってしまう。
もちろんフレーズ自体は美しくプレイもしっかりしているのだがコードの捉え方も曖昧で、まったくオブリガートというか歌伴にならないのである。


それでもこの日、確かに「これなら行ける」という実感はあった。
あらゆるサジェスチョンに対しての、その意味を理解する勘のよさと的確な質問。
この能力こそ、技術的に即座に対応できる器用さなどよりも大切なことなのだということを初めて知った。


その後、本番前日までお互いに忙しい時間をぬいながら計20時間近くのリハを重ねることになる。
更にはメールを使ってコードとフレーズの関係、リズムの捉え方といったヒントを交えつつプレイの微調整を続け・・・




その間に、いくつもの大切な何かを捕まえたようだ。
音を合わせるたびにどんどん変わっていくのが、手に取るように分かる。
こちらも刺激され、「じゃ、俺はこうしようかな」という相乗効果。
アーティスティックな階段を上っていく時に味わう贅沢な快感。


この境地まで来られれば、本番での演奏が悪いものになろうはずもない。
お客さんや対バンのユニットにも助けられ、もちろんライブは大成功だ。
とても小さな小さなライブだったけれど、このコラボレーションの船出には相応しい素晴らしい環境だったのではないかと思っている。




俺は人に音楽を、ギターを教えるなどという柄ではない。
上手とも思えないし体系的な知識を持っているわけでもないから。


ただ今回、この3ヶ月で学んだことがある。
それは、50数年間かけて身につけた自分の音楽センスを、全身全霊を込めて人に伝えることの大切さだ。
教えるのではなく伝えること。
伝える相手が存在する以上、これからもそれを続けることが俺の仕事なのだろう。




考えてみれば、ライブというのも同じ「伝える」仕事か・・・・


あ、伝える相手をもっと増やさなきゃなぁ・・・


Phooo!!!

The Marmalade Skyの意味

2010-03-21

The Marmalade Skyの意味






今回のライブは自分にとって実に手応えのあるものになった。
それには、もちろんRECや旧友の励まし(冷やかし?)というイレギュラーな要素もあったが、
何よりも1部ミュージシャンを入れ替えたということが大きく影響したように思われる。


よく変わっていなければ以前のメンバーに対して申し訳ない・・・という思い。
新メンバーが与える残ったメンバーへの刺激。
全てのサポーター達に感謝、である。


そして自分の心に沸々とわき上がって来た表現への衝動。




思い返せば、The Marmaladeskyというユニットを作って初めてライブを打ったのは今から25年も前のことだった。
その時は、自分がやりたいことをやる場として、それが例えどんなメンバーであれ例えどんな音楽であれ、
これからはここを舞台にして表現活動をしていくのだという決意の様なものが、自分の中には確かにあった。
しかし、その後20年間、このThe Marmaladeskyは沈黙する。
理由は簡単なことだ。
自我の衰退・・・


もちろん1ミュージシャンとしては、大成功とはいかないまでも地道に歩んで来られた方だろう。
好きなことだけをやって、細々とではあるが日々の糧は得られるようになった。
かつては雲の上だった尊敬するミュージシャンと仕事をする機会にも恵まれるようになった。
しかし・・・・


当時、身を削るようにして書き溜めた曲々なのに、人前で一度も演奏したことがないじゃないか!
「他人の叫び」の手伝いもいいが、「自分の叫び」は一体どこへ行ってしまったんだ?
実は数年前から、そんな思いが頭の中をぐるぐると回り始めていたのだ。
そして、偶然にも(必然か?)私生活にも大きな転機が訪れ・・・


The Marmaladeskyは3年前、ようやく重い腰を上げ復活した。
試行錯誤を経て、メンバーやゲスト・プレイヤーの力も借りつつ、少しずつ当初の思いが果たせる形へと進化してきた。
そして今回遂に、初めて手応えを実感できたのである。




立ち上げから25年の歳月を経て、ようやくスタート・ラインに立てたということなのだろう。
遅すぎたと言うなかれ!
風は確かに吹いている!




それにしても上手じゃなくていいから、もっとちゃんと楽器を弾いて、ちゃんと歌わないとなぁ・・・


Phoo!!

アル・ステュアート・・・

2009-08-21

アル・ステュアート・・・






おっと、日付を見てビックリ。
前回のバルトークから1年と2ヶ月も経っているのか・・・
ま、その辺は月之介の部屋ということで御勘弁を。


でもって久し振りのネタは、なんとアル・ステュアート!


日本では(オレの廻りでは?)あまり語られる事のないイギリスのシンガー・ソングライターだが、たまたま最近聴く機会があって、改めてオレ好みの世界だったのだと再認識。
そりゃそうだ。
大好きなDONOVANと同じスコットランド出身で、しかも1つ違い。
おまけに2人共今はカリフォルニアに住んでいる・・・(笑)


ミッキー・モーストとアラン・パーソンズというプロデューサーの違いがサウンドの違いに如実に現れているが、それでも本人の持っているトーン(ロマンティシズムという一言でで括っちゃいけないが)はそっくりだし、魔女をテーマにした曲がヒットしたところも同じだし(Season of the Witch と Year of the Cat)。




そんな訳でただ今、そのYear of the Cat に挑戦中。
昨日のバンドのリハではエリックがいい感じでサックスを吹いてくれた。
ニータのピアノも弾んでた。
仕上がりとしてはGood!


でも、なんか違うんだよな・・・


以前高野寛君のソロ・ライブを観に行った時(なんと!)DONOVANのSunshine Supermanをカバーしてたから、後で
「結構大変でしょ?」
って聞いたら
「あのノリが出せないんですよねぇ・・」


正にそれ!
でも、こればっかりは仕方ないよな。
あの70年代のノリは、あの時代でしか出せない「生物」なのだから。




そんな事よりも・・・・


「おい月之介、ちゃんと歌えよ!!」


・・・ってか?


Poooh!!

バルトーク・・・

2008-06-23

バルトーク・・・



今、BSでバルトークの弦楽四重奏を聴いている。
20代の頃にも少しは聴いてたけど、当時と響き方がぜんぜん違うのはなぜ?


あの頃の僕にはひたすら刺激的でブッ飛んだ音楽だった。
井の頭辺りの能天気な日々を攪乱する鋭い音の構築が好きだった。


でも今は、妙に理路整然と優しく脳みそを揺さぶる、ひたすら心地よい「不協和音」に聴こえてくる。
まるで窓の外で降り続く6月の雨音のように。
バルトークの音楽は何も変わっていないのに・・・




なんだ、僕が変わったってことじゃないか。
あれから30年も経つんだもんな・・・


Phooh!!

売り切れ地獄・・・

2007-10-27

売り切れ地獄・・・






基本的に夜は飲むだけであまり食べないのだが、時々無性に〆のラーメンをやりたくなる事がある。
で、昨日はそんな夜。


いつもの大好きな国分寺南口「味源」で
「普通の味噌ラーメンと炙りチャーシュー味噌ラーメンね」
すると店員が、
「申し訳ありません、炙りチャーシューは売り切れました」
壁の張り紙を見ると、確かに「限定20食・・・本日は終了しました」と書いてある。
「じゃ、味噌ラーメンふたつね」


その時奥からオレたちの姿を見つけた店長がその店員を呼び寄せ、何か耳打ちする。
こちらに戻ってきた店員は顔を近づけると小声で・・・
「まだ残っているそうです」
「じゃ、お願いね」


実はこの店長、オレが味噌ラーメンを頼むと必ずサービスで煮玉子をトッピングしてくれるナイスガイなのだ。
炙りチャーシューが新メニューに加わった時も店長自ら、
「最近始めたので一度食べてみてください」
と言って炙りチャーシューを乗っけた味噌ラーメンを運んで来てくれた。
だから今夜も他のお客さんには内緒で、本当は少し残っていた炙りチャーシューを出してくれるのだ。
そう、この店じゃオレは最大級のVIPなのだ、ワッハッハ~~!




そして運ばれてきたのは、何を間違えたか炙りチャーシュー味噌ラーメンが2つ。
1つは普通の味噌ラーメンだったはずだが・・・
写真でもそのメタボなボリューム感はお分かり頂けるだろうが、あいにく連れ合いは体調を崩していてとても食べ切れそうもない。
オレとて手伝える程の大食漢でもない。
2人で、「とにかく頑張って食べるか」と気合いを入れた途端・・・


再びつかつかとこちらへやって来た店員が、
「申し訳ありません。1つオーダーを間違えてしまいました。お詫びにこちらをサービスさせて頂きます」
と言いながら差し出した小皿の上には、いつもの煮玉子が2個。


毎度「阿吽」のサービスに甘んじている手前、残すなんてとても申し訳なくて出来ないよな・・・
気弱なVIPは連れ合いの炙りチャーシューも無理矢理かき込み、煮玉子を喉に詰まらせ目を白黒させながらも見事完食。


「いつもありがとうございます。また宜しくお願いします!!」
「ご馳走さん!」
ウップス・・・




そんな訳で今朝は、軽めのジャコかけ十六穀ご飯、豆腐とキノコの味噌汁、春菊のおひたし、納豆、到来物のきゃらぶき。


さて、今度はいつ行こうかな・・・
国分寺南口「味源」・・・ばんざ~~い!!!


Phooh!!

久し振りの神宮球場

2007-07-12

久し振りの神宮球場






7月11日


こんなゲームを目の前で見られるなんて・・・
冷静に考えれば出るピッチャー出るピッチャーが最悪なだけの単なる荒れゲームなのだが、
ビールを飲みながらの観戦にはおあつらえ向きのエンターテイメント。
合計12本、ホームランに始まってホームランで終わる梅雨空の花火大会。


広 3 0 1 1 0 0 3 2 0 0 0 | 10
ヤ 4 0 0 0 2 1 0 0 3 0 2 | 12


おかげでビール代をずいぶん使ってしまった・・・


Phooh!!

立ち上がれ、月之介!

2007-07-05

立ち上がれ、月之介!






7月4日


2日の稲生座に続いてマンスリーの弾き語り@新宿マローネ。
終演後、雨の中を集まってくれたお客さんと音楽の話や昔話で盛り上がる。
めずらしく歌手のS.Y.チャンの姿も。


そうそう、
1人で歌う時はいつも椅子を用意してもらうのだが、
シトシトと降り続く雨の鬱陶しさを振り払うべく今日は立って演奏する事に。
これが実にいい。
1人という自由さに加え、
動きの制約からも解放されるからか無理なく自然とノリを作れる感じだ。
ダイナミクスも付けやすい。
しばらくはこれで行くか・・・




何日か前にYou Tubeで見たマイケル・ヘッジスとトミー・エマニュエルのライブ映像に刺激されたっていうのは、ある。
実は以外と単純なのだ。


Phooh!!

梅雨入りと共にリハ終了!

Phooh!!
2007-06-15

梅雨入りと共にリハ終了!






6月14日


写真は手前からS茂さん、T健司さん、ト○バンさん、H立夫さん・・・
他にモツさん、Mカーチスさん、トッポさん、ボーカルさん、サ○カスの4人、オレ、そしてもちろんバンマス佐藤博さん・・・
残念ながら他の方々(Y○Oのお二人、Y美奈子さん、M良子さん)は今日はお休みでした。


いやいや楽しい4時間でした。
エピフォンで盛り上がる一団・・・
マーチンで盛り上がる一団・・・
フラメンコで盛り上がる一団・・・
そこら中で「名球会入りした現役」達が和みつつシビアに進行するリハ・・・
もちろん主役の村○邦彦さんは終始ニコニコ顔で・・
これじゃ写真撮るどころじゃないじゃんね。
結局ほとんどの曲に参加するハメに。


それにしても、これだけのメンツが集まってライブやるイベントって何?
非公開というのがチト残念か。


Phooh!!

いい感じ・・・

2007-06-08

いい感じ・・・






6月4日


スイート・ベイジル@六本木でThe Playersのライブに宮前ユキさんのサポートとして2曲だけゲスト参加。
事前のリハなし。
しかも当日はバタバタしていて・・・ ここは仕切るしかない!


とにかく1曲はCDを聞いてもらい、
「イントロはポールが弾いて!」と指示。
その後は音を聞きながらマイケルがメンバーに指示出ししつつ、その後一回やってみる。
・・・完璧!!


マイケル、時計を見るなり「あと6分!」(笑)


もう1曲は音資料がない。
とにかくギターでテンポとノリを伝えてワンコーラスだけやってみる。
マイケルが「時間だ!」とストップをかける。
そこまでは・・・完璧!!
でも、最後の方で転調があるんだよな・・・・
譜面も渡してあるし、ま、いいか(笑)


で、本番。
エディが「カウントは?」と聞くから「お前さんだよ・・」
マイケルのベースが気持ちよくうねる。
約束もしなかったのにサビ前から全員がスコンと入って来る。
快感。
でも、エンディングのリットはこちらで指示出しするしかない。
・・・完璧!!


さてさて、リハでワンコーラスしか音を出してない2曲目。
またもやエディが「カウントは?」「お前さんだよ」
・・・完璧。


間奏・・いよいよ未知の世界に突入だ。
ここからがワクワクする瞬間。
「ブレント!」
「ポール!」
いきなり振られてもすごい事しやがる2人。


でもって、いよいよ転調が近づく。
ジョンを見ると右手の親指を突き上げてニコニコしてる。
奴は分かってる。
他のメンバーは・・・?
ガガ~ン!!譜面を見てない。
慌てて全員に目配せするも時すでに遅し。(笑)
しかしながら・・・


そこでの処理が早いのなんの。
2拍目で、もう何事もなかったようにキーを変えてくれる。
そこからはコーラスしながら後ろにキューを出してのてんてこ舞いだったけど、
エンディングのくり返しもドタバタだったけど、
不思議と最後のキメだけは決めてくれた。
あ、そうでもないか・・・(笑)


終わってから喫煙所で「いい指示出しだったよ」とマイケルに言われ、
「お前のキューでオレの人生が救われた」とエディに言われ、
穴がなかったら掘りたいくらいのいい感じ。


それにしても客席のミュージシャン率は高かったな。
30年振りに天野清継にも会えたし。






でもって明日は・・・
佐藤博さんの紹介でガロのボーカルさんと加橋かつみさんと、とあるイベントのリハ。
そういえば、生まれて初めて自分で買ったレコードってタイガースの「君だけに愛を」だったな。
加橋さん、ヘアーで捕まってたな。(笑)
そのヘアーには、小坂忠さんも出てたな。


縁とは不思議なもの。
明日もいい感じ・・・


さて、予習でもするか・・


Phooh!

久しぶりの冷泉風

2007-03-21

久しぶりの冷泉風






3月20日


去年の四谷区民ホール以来、冷泉公裕が還暦を迎えて初めての冷泉風ライブ@国立はっぽん。
今回は、これも久しぶりのアコギ1本勝負。
しかも新曲が3曲。
いやいや、2人の息はピッタリでした。
お客さんも満員御礼。
めでたしめでたし。


その後近くの地球屋に移動して南正人ライブを・・・
いや~ナミさん、相変わらず緩くて素晴らしい!
終演後ご無沙汰の挨拶をして忠さんの話なんぞで盛り上がる。
おっと、やっぱり帰りはタクシー・・・っと。


Phooh!!

写真ははっぽんの大ちゃんと真っ赤っかな冷泉さん。
お見せできないのが残念だが、実はパンツも靴下も赤。
なにもそこまで・・・

声が変だ・・・

2007-01-11

声が変だ・・・






もう長いことサポートさせて頂いてるY.M.女史より頂いた、
喉にとてもよいという中国は広州の漢方シロップ。
蜂蜜ベースに蛇の胆汁やら琵琶、花梨のエキスやら・・・
絶妙なブレンドでとても美味なのですが、
肝心な声が変わってしまいました。
これじゃ仕事にならん!!


どんな声になったってか・・?
それは内緒!


Phooh!!

ビンゴ!と反戦

2006-12-14

ビンゴ!と反戦



12月13日(水)


「横須賀日米協会クリスマスパーティ」で演奏。
途中ビンゴ大会にも参加させていただいた。
Yさんはお皿、Sちゃんはたくみの階段箪笥、Mちゃんとオレは入浴剤をゲット!!


それはそれとして・・・
土地柄から会場には米軍関係者も大勢参加されており、中には第7艦隊の司令官ダ○・マ○レーン氏の姿も。


オレは常々反戦の側にいるべき人間だと思っているし、ブッシュに限らず武力を盾にしたアメリカの傲慢さと歴史には批判的な発言を繰り返してきた。
しかし同時に、凛々しいながらも優しい目をした彼の大きな手で握手を求められ少しもイヤな気のしない自分に気づいた時の居心地の悪さ。
それは権威に屈するとかそういう事ではなく・・・


戦闘機に乗せてもらえないかな・・・
潜水艦に乗せてもらえないかな・・・
それらは男の子が誰しも持っている乗り物へのあこがれと同レベルのたわいもない感覚なのだが・・・






知人の子供とおもちゃの機関銃で遊んでいたら、そばにいた女性から
「人殺しの道具で遊ぶなんて・・」
と吐き捨てるように言われて途方に暮れた遠い昔の出来事を思い出した。


Phooh!!

セールス撃退記(本当にあった怖い話)

2006-07-26

セールス撃退記(本当にあった恐い話)






<入門編>


数年前の、とある昼下がり・・・
若いセールスマンらしき男との会話。


「水道の水をそのままお飲みですか?」
「飲んでるよ」
「お手数ですがコップに水道水を一杯汲んできて頂けませんか?」
「何するの?」
「あの、ちょっと実験を・・」


これは面白いことになりそうだ。
男は汲みたての水に怪しげな試薬を数滴たらす。
たちまち黄色く化学変化を起こす我が家の水道水。


「これは○○に反応する薬なんですよ」
「すごいね・・」
「最近は飲料水をコンビニでお買い求めになる方も多いんですけど・・」
「そうみたいだね」
「・・・・」


一瞬、彼は責めあぐねているように見えた。
今だ!!
ここで初めて語気を荒立てて、


「で、何なの?」
「あ、あの・・」
少したじろぎながらカバンに手を突っ込もうとする。


「だから、何!?」
「す・・水道水は汚染されているんで・・」
「それで?!」
「・・・飲料水はコンビニで買って下さい」
「それだけ??!」
「いや、あの・・・」
「いい勉強になったよ、どうもありがとっ!!」


バタ~ンと扉を閉める。
耳を澄ますと、外からは足早に遠ざかる気弱なセールスマンの足音が・・・






<応用編>


数週間前のある朝。
深い眠りをかきむしるような電子音で起こされる。
それにしてもひどい二日酔いだ。
時計を見ると・・・もう11時になるのか。


「電話に出たら名前を名のる」という固定観念に縛られているオレも、その日はさすがの辛さに受話器を取って、しゃがれ声で「はい・・」とひとこと言うのがやっとだった。


「あ、ご主人様でいらっしゃいますか。お休みのところ大変失礼致します。私○○の××とも申します。実は私どもではここ数週間、賃貸住宅にお住まいの方をお訪ねしてお話をさせて頂いてるんですが、お宅にはもうウチの者がお伺い致しましたでしょうか?」


この手の電話には必ずこう答えて、即座に切ることにしている。
「いや、ウチには関係ないので失礼します」・・ガチャッ!


いつもならこれで終わるはずだった。
そのまま惰眠をむさぼれるはずだった。
ところが、この日に限って切った途端に再度の電子音が。
最初の電話で多少覚醒した頭は、今度は仕事の電話かもしれないと何の根拠もない判断を・・


「はい、奥沢です」
「あ~奥沢さん。いま電話した××ですけどね。急に切られたんじゃ会社として心証の問題もあるんで、これからお宅に伺ってちゃんとお話ししたいんですけどね・・」
なんだ、仕事じゃないじゃないか。
「しつこいな!!」・・ガチャ!!


すかさず電子音。
うんざりしたオレは、今度は留守電に任せることに。


「・・・奥沢はただいま留守にしておりますので・・・」
という応答メッセージが終わるなり、
「あ~奥沢さん。そこで聞いてますよね」


ここでいきなり声がブーストされる。
明らかに口と受話器を密着させて声を荒げた感じだ。


「こちらもこのままじゃ終われないので、話をよく聞いて下さいね。これから伺いますから・・」


受話器を一瞬上げ、すぐに下ろすと・・・またまた電子音。


何やら面倒臭い事態に巻き込まれつつあるという底知れぬ恐怖感がオレを包み込む。
「冷静になれ、冷静に。浄水器の若いセールスマンを退散させたオレじゃないか・・!」
そんなことを思いつつ今度は受話器を取り、録音ボタンを押してひたすら話を聞くことに。


「あ~奥沢さん・・・奥沢さんでしょ?!」


相変わらずブーストされた声の向こうからは、何人かの男がやはり声を荒げてどこかへ電話をしてる殺気立った喧噪が聞こえてくる。





<激闘編>


「あ~奥沢さん・・・奥沢さんでしょ?! そこで電話を聞いてますよね?! これからお宅に伺いますけど、よろしいですね?!」


ここで10秒ほどの空白が。
とにかくこっちは一言も発せず、ひたすら黙って聞くことに。
すると少しだけ和らいだ声で、


「はい、ありがとうございます。何も返答が無いということは奥沢さんが了承したということになりますので、このまま話を続けさせて頂きます。よろしいですね?!・・・」


「・・・はい、ご了承ありがとうございます。そういたしましたら今から20分くらいでそちらに着けると思いますので、これからお伝えすることをよく聞いてお待ちください・・・」


「・・・ご了承ありがとうございます。当社と致しましては奥沢さんが居留守などを使われてその結果ご近所に迷惑がかかるような事態が発生しても一切責任は負いかねますので、まずその点をご承知置き下さい・・・」


「・・・ご了承ありがとうございます。それでは20分後に当社社員が3人でお伺い致しますので3人が座れる十分なスペースと、A4の書類を開けるようなちゃぶ台のような物をご用意してお待ちください・・・」


このシチュエイションには些か不釣り合いな「ちゃぶ台」という言葉にほんの一瞬癒されたものの、オレの気持ちはその時点ですでに相当追いつめられていた。


実はこの10秒の空白には、了承したという意味合い以外にも心理的に相手をとことん追いつめるというとてつもないパワーが秘められていたのだ。
今自分が向き合っている現実を客観的に把握して対処法を考えるには短すぎる。
無言の受話器の向こうからは、やはり声を荒げて怒鳴り散らす複数の男の罵声。
落ち着け、落ち着け・・
今聞いたばかりの奴の言葉の意味をよく理解しろ!
オレとしたことが、ただの脅しに決まってるじゃないか!
だいたい、なんでオレがこんな電話の餌食にならなきゃならないんだ?
オレには何にも思い当たる節なんてないじゃないか。


しかし、その瞬間飛び込んで来る「ご了承ありがとうございます」という妙に丁寧で落ち着き払った物言いが、すでに論理的思考回路を麻痺させてしまったオレの脳ミソを再び得体の知れない恐怖の谷底へ突き落とすのだ。


「・・・ご了承ありがとうございます。それでは後ほど。」・・ガチャッ!!


何かに取り憑かれたようにオレも受話器を置き、ぼんやりと時計を見上げる。
11時20分・・・今オレがしなければいけないことは?
どこかに連絡しておく必要はないのか?
警察?・・いやいや、それは間に合わないだろう。
だいたい警察なんてものはこんな時に限って何の役にも立たないことは誰だって知っている。
落ち着け、落ち着け・・


そうだ、奴らはオレの顔を知らないはずじゃないか。
オレは外へ出て、しばらく様子を伺うことにした。






<エピローグ>


11時半・・・いつもより入念に戸締まりをして軽装のまま外へ出る。
奴らが来るまでにはまだもう少し時間がある。
そうだ、10分くらい散歩してから戻って来ることにしよう。
その時どんな状況が待ち受けていたにしても落ち着いて対処できるよう、歩きながらじっくりと考えてみよう・・・




今思い返してみれば最初の電話は確か不動産関係の話だった。
こちらが名乗らなかったので奴はその時、オレのことを「ご主人様」と呼んだはずだ。
2度目の電話でこちらが名乗って初めて「奥沢さん」という呼び名に変わったのだった。
つまり特定の個人にかけた電話ではなかったということだ。
ということは、いま奴の握っているオレに関する個人情報は電話番号と苗字だけということになる。
なのに奴は何故20分で自宅まで行くと言い切れたのか?
だいたい、奴の会社はどこにあるのか?
たまたま車で20分の所だったのか?
そもそも、一体オレに何を要求しようとしているのか?
よく考えれば不可解なことだらけだ。


ふと見上げると初夏の緑がそよそよと風に揺れている。
木漏れ日がキラキラと目に眩しい。
玉川上水を散策する何人もの穏やかな表情とすれ違う。
そう、ここはいつも走り慣れたジョギング・コースだ。
一歩足を踏み出すごとに気持ちが少しずつ落ち着いていくのが自分でもよく分かる。


足を止めて、息をプイッと吐き出してみた。
すると突然、何もかもがバカバカしく思えてきた。
奴はオレの顔も身長も体重も、住所も職業も年齢も一切知らないはずじゃないか。
オレが奴のことを知らない以上に奴はオレのことを知らないはずじゃないか。
一体オレは何に怯えていたんだ?
奴なんて、最初から存在すらしていなかったんじゃないのか?
今まで何故そんな簡単なことに気がつかなかったんだ?


きっとオレはある種の催眠術にかかっていたに違いない。
同じ言葉で始まる同じような長さのセンテンスと10秒間の空白の繰り返し。
その中で少しずつこちらを圧迫しながら知らず知らずのうちに思考を停止させる話術・・・
まさか自分がそんな罠にはまるなんて夢にも思っていなかった。
でも、もう大丈夫だ。
何も起きる訳はない。
そもそも最初から、何も起こってなどいなかったのだ。


すっかりいつも通りの自分を取り戻したオレは予定より少し先まで足を伸ばし、午前中の散歩を30分ほど楽しんでから清々しい気分で自宅へ戻った。
もちろん何事も起きているはずはない。
いつものように鍵を開け、いつもよりも少しだけだけ気配を伺いながらタオルを取り出し、汗を拭きながら冷蔵庫を開けて冷たい麦茶をコップに注ぐと、それを一気に飲み干した。
心地よい疲労感と空腹感。
そうだ、お昼のニュースを見ながらちょっと遅い朝ご飯でも食べようか。
納豆はあったかな・・・


・・・とその時、居間の方から再びあの電子音が。


「はい、奥沢です」


「あ~奥沢さん、もう散歩は無事にお済みですか・・・?」
(完)


もちろん最後の1行はフィクションです。
フィクションでよかった・・・・


Phooh!!

この記事は4回にわたって掲載したものを、時間軸にそって1ページにまとめてあります。

キャンドルナイト Vol.0

2006-06-22

キャンドルナイト Vol.0






6月21日


江ノ島のてっぺんにあるロンカフェで催された、有里知花主催のキャンドルナイトに参加して来た。
夏至の夜に照明も音響もなし、あるのは蝋燭の明かりと参加者全員の発するエネルギーだけというイベントだ。


お客さんは全員マイ・キャンドル持参。
8時少し前に照明がすべて落とされると、ゴザの上に座り込んだお客さんの前で何十もの炎が一斉に大きく揺らめき始めた。


少しずつ目が慣れ始めた8時過ぎ、知花ちゃんの挨拶とともにライブがスタートする。
知花ちゃんの歌とおしゃべりを軸にしてLAULAの松井貴志 、Sootheの小山豊(小山流津軽三味線!)、ウクレレのTOSHI、カントリー・シンガーの宮前ユキ、この秋デビューするシンガーTOMOちゃん、Drum Circleのふたり、それに私が入れ替わり立ち替わり、出たり入ったり。
ベーシックなパートは、有里知花ではお馴染みのA.G.榎本大介とPerc.高橋結子が支える。
もちろんミュージシャンんも全員座布団を敷いての車座状態だ。


かすかな息遣いも聴き漏らすまいと集中するお客さんと、生音だけでなんとかアンサンブルを成立させようとするミュージシャンの不思議なエネルギーが淡い光の中で交錯し合い、それは時が経つにつれて徐々に高まって行く。
解けていく緊張感と高まる一体感・・・


とその時、海沿いの駐車場から闇夜を突き破るような爆音が。
暴走族も江ノ島名物のひとつではあるけれど・・・


Phooh!!




それでも、そんな爆音すら懐におさめてしまえたあの時のみんなのやさしい気持ちを考えると、それだけでもこのイベントは大成功だったと言っていい。


みんな、ありがとう。

テキーラ@タイフーン

2006-06-06

テキーラ@タイフーン






いつもは20人も入れば一杯になる沖縄風味のバーに、何と50人のお客さんを詰め込んでの久しぶりテキーラ・ライブ@高円寺!!
運良く座れたのはほんの10人ちょっとで後はみんな立ち見だったが、手作りの軽食や泡盛で高円寺界隈のデッドヘッズたちはみんな大盛り上がり。
そりゃ、バンドも煽られるわな!!
N君も最近アルコール復活したし・・・


いつもはお店をやってるからライブに来られない461の佐藤夫妻やハートフォードカフェの洋平さん、新譜のフライヤーにコメントを書いて頂いた音楽評論家の増渕氏も駆けつけてくれて開演前から会話も弾む。


ところで、アンコールじゃ床が揺れてなかった?
あ、オレが揺れてたのか・・・


Phooh!!

佐藤博@Blue Jay Wayは・・・

2006-05-27

佐藤博@Blue Jay Wayは・・・






もちろん大盛況!!


メンバーそれぞれが色々なミスを孕みつつ、佐藤さんのえも言われぬペースに引きずられてアッという間の2時間が過ぎ去った。
岡沢章と青山純の鉄壁なリズム隊に青山陽一の手堅いギター、Shingoのカッ飛びギターとMicky、Mana、MARIのヴォーカル&コーラス、そして忘れちゃいけない中島正雄のなんちゃってブルースギター・・・


ほとんどがお互いに初対面だったにもかかわらず和気あいあいとした楽屋のあの雰囲気は、やはり佐藤さんの人柄故か?


それにしても総勢10名という大所帯。
よくもまあBJWのあのステージに乗ったもんだ。
なんとなく体が痛むのは、自由に動けないままギターを弾き続けたからかな・・・?


それにしても打ち上げの佐藤さんはくつろぎ過ぎ・・・


Phooh!!

リハだぞ!!

2006-05-25

リハだぞ!!






今日は佐藤博@Blue Jay Wayのリハーサル。


今回のライブ・・・何と言っても23~59才という幅広いメンバー構成が楽しい。
世代とミュージシャン気質との関係とでも言うか・・


岡沢章、青山純のリズム隊は昔から慣れ親しんでるバンドマン世代。
青山陽一は真面目に音楽を追究するタイプの80年代成長世代。
Shingoはヒッピー2ndジェネレイション世代。
マナ、マリ、ミッキーは物心ついた時にはブラコン世代。
それらをまとめる佐藤博は親父ギャグ世代。


さてさてこのオレは・・?


今回の目玉はShingoのカッ飛びギターかな。
若いのに自然とジミヘンしてる。
もうひとつの目玉は青山陽一とオレのアコギ・デュオが必死こいてるところ・・・


Phooh!!

冷泉新風 '05

2005-12-26

冷泉新風 '05






11月28日


冷泉公裕さんの初CDがようやく出来上がった。
題して「Bom Dia!! 諸国漫遊」・・・
そして今日、めでたく迎えたレコ発コンサート@四谷区民ホール。
ベースの河合徹三が多忙でお休みだったため、結局レギュラーの丸尾めぐみとトラの米川金太クンと3人で演奏することに。


これがなかなかの出来映えで・・・もう河合は要らないね、などという不穏当な発言も出るほど。
ギタリストの金太クンにベースとマンドリンしか弾かせないのは心苦しかったが、たった2日間のリハーサルで完璧に仕事をこなしてくれるあたりは流石の一言。


ところで打上げは・・・?!(笑)


来年はツアーの話もあるが、果たしてどうなることやら。


Phooh!!

多摩地区は楽し・・

2005-12-25

多摩地区は楽し・・






11月19日


石川酒造@拝島の酒蔵ライブに Shime と2人(テキーラ3分の2)で参加。
あまりの天気のよさに敷地内でふと空を見上げると、イチョウの巨木に被いかぶさる様な葉っぱの一群が黄金色にキラキラと輝いて美しい。


他には福生在住のミュージシャン達で結成されたジャズロックのバンド、尾崎孝氏、川内マキさんetc.・・・
もちろん最後は、太郎ちゃんのブルースハープも交えての大セッション大会だ。
毎回、ここのライブは楽しくてしょうがない。
イベント自体が地元で定着したのか、お客さんもギュウギュウ詰めのフルハウス。


それにしてもリハ前から地ビール~本番中も地ビール~終わってからは地酒~帰り道に立川で御乱行・・・


体調管理が大変な仕事ではある・・・か?(笑)。


Phooh!!

アンチ・ジャイアンツ

2005-12-25

アンチ・ジャイアンツ






11月18日


宮前ユキREC・・・
ダビングの最終日は、私と知花ちゃん2人のコーラス録り。
この作業で、一応予定していた素材は全て録り終えることになる。


一番楽しかったのは、ありもののカバー曲にまったく新しいアレンジでコーラスを入れる作業。
It's So Easy は自信作!
一番大変だったのは、1ヶ所も符割り通り歌っていないヴォーカルにタイミングを合わせながら歌う作業。
特に The Water Is Wide は、よく知っているだけに四苦八苦。


終了後、総勢5人でよみうりランドの中華料理「天安」へ。
それにしてもジャイアンツの選手の姿を見かけないですんだのは助かった。


どんなに美味しい料理も台無しだからな・・・(笑)


Phooh!!